we made a bird house together from gourd
(garden club – madalyn and jen)


アメリカの学校に小中高通わなくて本当に良かった。
と、よく、思います。(こんな壁や電子レンジのある学校なんていきたくないし、お化粧し過ぎの女の子達も怖そう)
でも、今、日本の学校に通っている学生の人たちとかも、携帯電話や、フェイスブック、ブログ閲覧などに追われている、とても不思議な、繋がっているようで
実は、どの空間にいるのだろう。
このごろ、鉛筆を削ったりするのがとても好きで、電話を家におきっぱなしにして、カセットプレーヤーで音楽を聞いて、単行本は常に持ち歩くと。
はがきを大切な友人、家族に送り、テキストよりも、やはり、手書き。下手な挿絵を入れたり。
そんなグループが増えるのを、心から祈っています。
そんな時間がーって言うけれど、時間てあるもの。ほら今も。
春から、絵を描いたり、ギターを弾いている時間の方が、写真を撮っている時間よりも多い。
今更!って思うのだけれど、今だから!
と新しいことに、また情熱を入れ混んでみる。
写真を撮ることって、いや、それも、ほとんど生きていることと平行したものが、そのまま映るから、
それに、それらしきものをすり替えて撮ろうとは思わないし、
結局は、ライフ自体がアートであると私は信じているので、こんな感じで良いのではないだろうかって、思う。
ここ数ヶ月考え続けている、単純な私の写真論の一つ。
この時代。常にいつでもそうであるべきだと思うけれど、
一日一日を大切に、そして、ひとに思いやりを持って、正直に生きる。









